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地元散策#1 太子岩

自分はどうも歴史というものを知識としてしか捉えていなかったような気がする。やたらと年号と史実の等式的な暗記を強いられた学生時代の思い出に支配されているからだろうか。

歴史というと、自分と関係のない遠い世界、絵空事のようにとらえてきたふしがある。もちろん、地域や身の回りの史跡など立て札があっても、ほとんど興味を持てないでいた。

特に大きなきっかけがあったわけではないが、自分の住む町の史跡が、最近急に自分にとって近しい存在のように思えるようになってきた。そんなわけで、このブログでも身近な加古川市近辺の史跡探訪紀のようなものを書いてみたくなったのだ。神社・仏閣といったようなものではなく、ごく身近にあって、過去と現代の人たちの暮らしがつながるようなポイントを・・・

能書きが長くなったが今日はその一回目。
  太子岩 ・・・ 加古川市新神野4丁目の河原

これは飛鳥時代に、聖徳太子が加古川東岸の下流一帯に田地を開拓しようとして、その潅漑用水を造り始めたころの礎石だということだ。いまでいう測量の基準点として、大水が来ても容易に位置が変わらない大きな岩盤を決めた。それがこの岩だということである。かつては地表に突き出ていたが、いまは土砂で埋まりそのその頂上だけが覗いている。上から見ると、飛行機で上空から眺めた山脈のようにも見える。

聖徳太子はここから鶴林寺の三重塔に向かって水路を掘れと命じたのだそうだが、その用水路は「五ケ井溝」と呼ばれ、1000年以上に渡って現在の加古川市内の農地を潤し続けてきた。その水路はいまも水を湛えてとうとうと市内を流れている。

 

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